プラトンとプランクトン

「プラトンとプランクトン」メンバーによるいろとりどりな記事

ぷらぷら読書会記録 ー伊藤重夫『踊るミシン』

ぷらぷら読書会記録  2017年5月 ①伊藤重夫『踊るミシン』

 

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1 わかんない×わかんない×わかんない=でも面白い

 

 発表者は漫画研究者の猫もどき、猫石くん。ということで課題本は漫画です。伊藤重夫『踊るミシン』。

 

 わたしには聞いたことのない作家だったんですが、233頁もあるし、せっかくなので買おうと思ったら絶版なんですね。『踊るミシン』を復刊したい!というクラウドファンディングも立ち上がってました。

https://motion-gallery.net/projects/dancing-mr

 

 

 がんばれ。

 

 

 と、いうわけでみんなで読んでいったのですが、とにかく多かった感想は、1「わからない」、2「難しい」、3「でも面白い」

 あらすじにまとめるにはなかなか苦しい作品ですが、一応基本情報をまとめると、

 

 舞台は西神戸。街のすぐ近くには海がある。

 主人公の浪人生・田村は家出をして友達の長井と一緒に下宿をし、バンド活動をはじめる。高校の時から付き合いのある麗花がバンドのマネージャーになったりして、なんだかバンドは盛り上がる。

 田村はパスタを茹でたり、海水浴に行ったり、麗花とセックスしたり、入院している大家さんに会いに行ったりする。

 麗花は風呂場で踊ったり、海の堤防で踊ったり、田村とセックスをしたり、腕を切ったりする。

 背後では鳥の頭をした鳥男が空中浮遊してるし、いきなり押し入れの中にブラックホールが出現するけど、田村の日々はのんびり平和。

 バンドの演奏が無事成功したあと、田村はバンドをやめ、大家は死に、下宿は取り壊され、家に帰ることになる。THE END。

 

 そんな話です。

 

 一見、普通の地味な少年×若干メンヘラ少女による青春ストーリーにも思えるんですが、実際に読んでいくと、時間軸はバラバラだし、登場人物の会話は噛み合ってないし、解決されない話は多数あるし、単純にストーリーを追っていくのも大変です。ってかキャラクターがみんな似すぎだろ。見分けつかない。

 

 

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↑鳥男を見た、といいふらしたためにみんなに仲間はずれにされることになるかわいそうな脇役の少年(坊主)

 

 

 だいたい鳥男やブラックホールってなんなの? という、意味のわからない挿話もあります。

 冒頭、少年の前にいきなりあらわれる鳥男ですが、他の人には見えなかったり、写真にはうつらなかったり、鳥男が実際にいるのかいないのか、夢なのか現実なのかも明らかにされません。囚人服のような縞模様のパジャマを着ており、何かの象徴のように思えるけれど、出現するタイミングに一貫性がない。一瞬、踊る麗花の影が鳥になったりするのと関係があるのかどうかもわからない。

 

 

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↑鳥男(上)と、踊る麗花の影(下)

 

 

 また、押入れに突如出現したブラックホールは「THE END」と名付けられ、しかも、そのあとは全く話にでてこない。まさかの捨てエピソード。

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↑これがTHE END 

 

 最初、作品のタイトル横には、思わせぶりな「自殺のための5教程」という言葉があります。なにやら示唆的だな、とこちらは身構えて読み、実際作品中でもやたらと人が死ぬんですが、でも、そのつながりがよくわからない。自殺だったのかどうかもわからないし、彼らの死が関連しているのかも特に触れられることはない。さまざまな出来事の相互関係がはっきりせず、ひとつひとつの話が断絶している。

 そもそもタイトルの「ミシン」も全然でてきません。いったいなにがミシンだったのか? とにかく語られず、回収しづらいのです。

 

 あとがきで村上知彦はこう言います。

 

伊藤重夫はいつも唐突に語り始める。この「踊るミシン」はいくつもの断片的なシーンが、時間軸をジャンプして、自在に繋ぎ合わされて構成されている。そして、それらのいくつものシーンで登場人物たちは前後の脈略など意に介せず、あまりに唐突にその場に必要な言葉のみを、ストレートに語りはじめるため、読者ははじめのうちしばしば混乱に陥ることとなる。そして、その言葉の意味を読者が充分つかみきれずにいるうちに、場面はまた唐突に、ジャンプしてしまっているのだ。あるエピソードでは、何の説明もないまま結果だけが示され、あるエピソードにはいつまで待ってもその後どうなったかという結末がついに語られない。

(「陽のあたる場所『踊るミシン』を読む」)

 

 

 その、「何の説明もないまま」示されるのが、長井と麗花の死という結果なんでしょう。

 

 

 

2 伊藤重夫+キザ+センチメント=村上春樹

 

 「村上春樹作品と似ているけど似ていない」

 という指摘が読書会中かなり出ました。

 あとがきでも「中国行きのスロウボート」に言及されていますが、でも、春樹作品よりもっと脈略がなく、わかりにくい。

 村上春樹の初期作品では、あえて軽い事柄と重い事柄を並行して語ったり、人の死という重いものを重く描かないような工夫がなされてました。そういう「重いものを軽く描く」姿勢や、安西水丸佐々木マキを思わせるようなポップな絵柄や文体、神戸という舞台設定は類似しているのですが、でも春樹のキザでウェットな感じがない。

 というのも、春樹の初期作品では「黙説法」が用いられ、中心にある重要なことを語らない語りになっていて、一見、エピソードごとに断絶があるようにみえるのだけど、実はエピソードはつながっていて、けっこうわかりやすく集約できるし、読み手はセンチメンタルに感じられます。一方、『踊るミシン』の場合、思わせぶりでなく、「黙説法」という以前に話が断絶されまくっている。中心が隠されているというより、ほんとうに中心がなく、話が拡散している印象を受けます。

 

 最後のシーンで、猫に向かって田村がいう言葉、

 

「猫がセンチメンタルになるなよ」

「次の場所探せよ」

 

この一言に違いが表れているかと思います。

 

 

 猫のはなしが出てきたので、ここでついでに猫石くんが持ってきてくれた資料を引用すると、

 

 

「『踊るミシン』には、死を巡ってのテーマとさらに自殺が隠ゆとして横たわっているが、描かれた人物たちが表面的には極めて明るく、重苦しさを全く感じさせない。スッと読めば、ごくありふれた"青春叙情詩"なのだ。しかし、そぐだけ削ぎ落とし、選び抜いたコマで構成された伊藤さんの固有の描法に気づけば、描かれなかったコマとコマの間にパックリと虚無の空間が口を開けていることがわかる。その裂け目は、しっかりと描き込まれた垂水という街と海の明るい風景が一見覆い隠しているようでもある。」

糸野清明「日本文化の最前線13・劇画ニュー・ロマン」 (神戸新聞1987年1月10日)

 

 

 

 というのがありました。

 確かに死のにおいはずっとあるのですが、 どこか、あっけらかんとした明るさがあります。

 それは、かわいい絵柄というのもあるし、少女漫画的な浮遊感とも関わってくるのかもしれないです。

 急に地の文で独白や回想がはじまったり、「親父が来てたよ」という長井の言葉に対して田村がいきなり凧揚げの話をはじめる。その突拍子のなさから大島弓子作品との類似も挙げられたりしたのですが、少女漫画というのはなによりも、独自のコマ構成をつかうところに特徴があるのだそうです。

 

 夏目房之介『マンガはなぜ面白いのか』の11章「少女マンガのコマ構成」には、 

 

70年代以降の少女漫画によって開発され、部分的に他のジャンルの漫画にも使われるようになった独特のコマ構成、たとえばコマの余白=間白を強調したり、余白そのものをコマにしたり、コマを重ねたり包み込んだり、といったコマの基本原理ではとらえきれない描き方は、いずれもとても緩やかで軽い印象を与える。ほとんど時間が停止したような浮遊感を生み、読者の心理を誘導する機能が解除され、軽い伸びやかな解放感を感じさせることになる。

 

 ということが書かれています。

 

  この作品でも、謎のコマがちょくちょく出てくるのですが、いきなり挟み込まれる麗花が傘がを飛ばすコマは、時間が無にされているんだそう。吹き出しにセリフもないし。

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 3 遊びが多いよね

 唐突に描かれるコマであったり、エピソードであったり、ほかにもとにかく、作者の遊び心がいたるところで感じられます。

 

 たとえば、本来、黒い影というのは夜か昼か、過去か未来か、といった指標となるらしいのですが、そういうルールに関係なく、影がいきなり反転したりする。こういった「反転」はしょっちゅう描かれていて、麗花が浴室で手首を切るシーンでは、影が本体で、本体が影であるかのように動きます。また、田村と麗花がセックスをするとき、電気を消したにもかかわらず、背景の色がカラフルになっていたりするし、肌の色が突然かわったりもする。

 

 それと、さっきセリフのない吹き出しがありましたが、ほかにも、誰もいないところに吹き出しがあったりもするし、歌とかセリフとかがときどき描き文字にされてカワイイ。イマジナリーラインを平気で超えたり、位置がめちゃくちゃになったりもする。

 

  また、鳥男という存在は、つげ義春の『無能の人』からの、ゴジラの人形やうしろにいるゴリラは林静一『赤色エレジー』からの引用だそうです。他にも引用で遊んでいるところがあるのかもしれない。

 

 なんだか、浮遊感のあるフワフワしたマンガではあるのですが、背景のビル、建物、看板といったものはしっかり描かれているのも特徴的でした。しかも、田村たちが演奏するライブバーの「WETHER REPORT」という看板は、須磨に実在していたらしいです。

 それと、神戸で記者として働いていた経験のあるジョブホッパー竹田純さんによれば、村上春樹の出身地の芦屋といった東側と、明石市や姫路よりの西側は全然雰囲気が違うそうです。西側はよく事件の起こる陰惨な地区で、垂水区には、埋め立てが進みまくって団地マンションが建ちまくっていて、塩気のつよい風に当たり壁はハゲている。そういう「神戸漫画」として読めたとのこと。場所の存在感がありますね。

 

 

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★ほかに挙がったいろんなコメント★

 

・THE ENDっていうのは、可視化された物語の終焉では?

・落下のイメージが多々ありますよね。「私をここから落っことさないでよ」という麗花のセリフ、手首を伝う血、飛び降り自殺の噂、ベッドからの落下、落ちるぬいぐるみ、花火、階段などなどなど。

エドワード・ヤン『クーリンチェ 少年殺人事件』と似ているんじゃないですか?

・コマというのは1コマから成り立つのではない! 全体があるからこそ成り立つんです!
・春樹にも『ダンス・ダンス・ダンス』や『神の子どもたちはみな踊る』だとか「踊る」ということが描かれているけど、この時代における「踊る」ことの意味合いってなんなんだろう?

・大量の窓がこわい。

 

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 田村が麗花と彼女の家に行き、部屋の背景が描かれるとき、母親の顔を消した写真がちらと写ります。麗花はナイフを持ち歩いていたり、嘘ばっかりついたりするんだけど、ひたすらかわいい。精神的に危うい少女ってなんだか魅力を感じ、ま、せんか?

 わたしはとにかくここを描きたいがために、『踊るミシン』という作品は描かれたんじゃないかと、この見開きの一コマをみて、ひたすらぐっときました。

 

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                    (文責 深沢レナ)

 

 

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